手紙を書く相手がいないからここに記すらしい
拝啓 桜が咲き始めてるくせに暑いんだか寒いんだかよく分からない季節になりましたね。がんばっていきましょい。
いやね、なんで手紙なんか書いてるかというと、村上春樹の『街と、不確かな壁』を途中まで読んで、無性に書きたくなりまして。重要なのは途中まで読んだという点で、あまりにも分厚過ぎて半分読んだころには彼の癖みたいな部分に飽き飽きしちゃいました。最初は文体が面白くて読み進めるんですけど、慣れると段々と粗が見え始めて、嫌いな人の気持ちが分かりました。でも好きな人の気持ちも分かります。多分あれは、一気読みするものではない。
私はこの春から復学して大学に通います。休学してから丸一年、短いようで長かったですね。去年の前半とか本当に何もしてなかった気がするけど、一年となると流石に長いみたいです。八月中旬からやっと動けるようになって、今は好きなことをやりつつ大学で習ったことを復習してます。あの春が人生の底であることを願いつつ、なんとなく頑張りたい。温かく見守っていてください。
思えば、もがく気力がないまま永遠に沈んでいくような、そのまま二度と這い上がれないような絶望でした。自分の性格上誰にも相談できなかったし、唯一頼りになる自分自身すら頭が回らなくなっていました。さっき考えていたことも忘れてしまうし、複雑な思考をするとノイズが走るみたいに脳が停止して、とにかく寝るしかなかったです。趣味もほとんど何もできなかった。日常系アニメだけは思考停止でも観れるから、春の日常系三銃士(ひびめし、mono、ざつ旅)には随分助けられました。唯一自分の心が動く創作物だったな。小説とか、本当に読めませんでしたから。でも最近はほとんどの趣味を再開できてます。登山はあんまり行けてないですけどね。
自分には人生を180度変えてしまうような大きな傷はないです。しかし思い出すとちょっとずつ苦しくなるような小さな傷がたくさんあって、それが私の人生を段々と曲げているのだと思います。こういう傷って癒えるんでしょうか。多分癒えないでしょうね。一生抱えて、なんとなく笑えるようになるまで時間を稼ぐんだと思います。最近中一のときの思い出をやっと笑えるようになりました。まあ、傷もそうだけど、半分くらいは自分の怠惰が原因なんですけどね。
この春からは、できるだけ人に頼りたいです。自分的に人に頼る=信頼消費だと思ってしまってなかなか弱さを見せることってないんです。でも多分それって違うんでしょうね。重く考えすぎというか、いちいち返すことまで考えなくていいんでしょう。でも考えてしまうからこその自分であって、なかなか割り切るのは難しい。
心から信頼できる相手が欲しい。この手紙を送れるくらい自分を見せれる相手が欲しい。そう思っちゃだめなんでしょうか。みんなにはそういう人間がいるんでしょうか。一人で抱えてるんでしょうか。それとも、複数人に分散させてるんでしょうか。ひとまず、復学したらある程度自分を出せる友達を何人か作る、これが落としどころでしょう。
結局、自分語りになってしまいました。手紙ってこういうものなのか。もっとこう、お元気ですかみたいな、相手を気に掛ける文があった方が良かったかもしれない。なにか一つ変わったくらいじゃ私の傷は癒えないと思うけど、いつか、それでも、曖昧な理想に到達できならいいな。 敬具
水星日誌
チャオっす!ミィです。もはやカオスチャイルドとは何の関係もないのにチャオっすを使っています。有村雛絵の独り歩き。そんなことはどうでもよくて、恋する小惑星に脳を焼かれた自分は近頃天文分野に偏重しており、案の定星空観測も始めました。
数ある星々の中でもやはり太陽系の惑星を全て捉えたい欲求がありまして、今回は水星に挑みました。条件が揃わないと見えない星を探すのは始めての経験で、なかなか苦労しました。少しでもその熱量が伝われば幸いです。
12月8日
水星最大離角の報せを受け、午前六時頃、事前情報ほぼなしで家を飛び出す。方角だけは分かっていたため、見晴らしの良さそうな場所を探した。
川沿いの住宅の隙間から低空が見えそうな地点を発見し、観測を始める。この時点で薄明が始まっており、次第に木星すら肉眼では見えづらくなった。だから一旦諦めて次回の為に他の観測候補地を絞った。
この日学んだことはもう少し早く観測を始めたほうが良いということと、手袋はしたほうが良いということ。
12月10日
前回の教訓を生かし、一時間早い午前五時頃に家を出た。
しかし、水星が顔を出したばかりのこの時間では南中高度的に町中では見えないことに気がつく。結局この日も右往左往してできるだけ低空が見える地点を探し回った。アークテゥルスを目印に複数地点で粘ったがこの日も結局目視できずに薄明を迎える。
撤収直前まで一等星のアークテゥルスが見えていたことから、明るさは問題ではなく、水星の南中高度が問題だと推測した。次回は見晴らしの良い高台で観測するべき。
12月17日
数日前に見晴らしの良い高台を見つけ、午前六時、その地点で観測を開始。月、アークテゥルスはよく見えたのにも関わらず水星は目視できず。
南中高度、方角共に問題はなく、原因不明。何かが根本的に間違っている可能性。もしくは薄明が始まると見えないのかもしれない。後者は検証可能。
12月18日
前日と同じ場所で午前五時半頃観測開始。相変わらず目視でも双眼鏡でも見えず。試しにスマホのカメラで撮ってみると、月の左斜め上に二つの星を捉える。

確認した瞬間は水星だと思ったが、-0.5等級の水星が双眼鏡で見えないとは考えづらく、同程度の明るさの星が連なっていることから水星ではないと判断(位置的に一等星が連なっているのはありえない)
Twitterで情報確認すると、想定よりも下、具体的には月よりも下の位置に水星があることが分かった。六時の星空情報を参照していたが、地球の自転を考慮していなかった。
それを踏まえもう一度撮影すると、先ほどの星よりさらに明るい星がビルの横から顔を出しているのを確認した。

見えた!見えたぞ!あおぉ!みらぁ!
双眼鏡、肉眼でも見え、Twitterの観測情報とも相違がないため、水星と判断した。午前五時五十分頃のことである。これより前の時間ではビルに隠れて見えなかった。見かけの等級が-0.5等級にしては暗い気がしたが、太陽光と光害の影響を考えればこんなものか。そりゃ六時台じゃ見えないわけだ。
俺は嬉しいよ
恋アス一話ではあおとみらが通話越しに水星を眺めるシーンがありました。だからやっと二人の背中が見えた気がして嬉しいです。俺、ちゃんと走れてるよ。恋アス関係なく、何日もかけて観測と対策を繰り返した末の目的達成だったため、胸が高まりました。双眼鏡で捉えた瞬間思わず「見えた!」と独り言を口にしたほどです。
あまり詳しくありませんが、恐らくあと数日は南東の低空に輝く水星が見えると思います。今の時期なら木星やオリオン座、冬の大三角などが簡単に見れます。皆さんも是非空を眺めてみてください。
あでぃおすぐらっしゃー。
【小説】戦闘妖精・雪風感想
チャオっす。ミィです。最近はもっぱら図書館に篭っていて、恋アスの影響で天文雑誌を読んだり、積読した漫画をチマチマ読み崩したりしてます。
そして、やはり図書館にいるとあらゆる分野の本が大量にあるわけですから、当然小説への敷居が下がります。そんな中で手にしたのが、今回感想を書く『戦闘妖精・雪風』です。
なぜ数ある小説の中これを選んだのかというと、たまたまツイッターで流れてきた『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』のコマに描かれていたからですね。古典を中心にSF小説が何冊か並んでいる本棚を正面から写した構図だったと思います。その中で、唯一タイトルすら知らないのが雪風でした。
自己紹介の記事にすら書いていませんが、実は僕はSFが好きで、昔から定期的にサブスクでSF映画を観たり、小説も何冊か読んだりしていました。だから、そんな自分が全く知らない、そして中二臭いタイトル、そこに惹かれたわけですね。
はてさて、実際に読んだ感想としましては、まず頭にすんなり入ってくる。SF小説を読むにあたって、やはり文章が読みづらいという問題が挙げられると思います。特に古典を翻訳したようなものは地の文に変なアクがあり無駄に堅苦しい。もちろんそれはSF小説の面白さの一部であると思います。しかし、それを痛いほど知っている自分は無意識に海外SFを、SFを、小説自体を敬遠してしまっていたのです。
雪風は再び呼び戻してくれました。これは日本文学。そう、日本語ネイティブが書いた翻訳を通さない純粋な日本語です。SF的な堅苦しさのいい部分だけを残した、綺麗に構築された文章だと思います。
そんな大きな障害が無くなれば、自分が選んだ小説の大半は楽しく読めます。天文雑誌を読み終えたあとの数時間、毎日コツコツ読み進め、読後の今は、雪風のない日常に戻りたくないくらいです。
物語は終始淡々としていて、特に戦闘の山場をわざと絞っているように感じました。これはこの作品は分かりやすいバトルではなく、その裏にある機械との戦い、葛藤が軸だからだと思います。このテーマはやはり現代社会、そして自分に通ずる部分があり、だからこそ共感し面白いと思ったのだと考えます(テンプレみたいな感想)。
久しぶりに小説を読んで、こんなワクワクする話が書きたい、という創作意欲が湧きました。オマケのインタビューで作者も、傑作とはそういうものだと言ってました。そう思います。
そして、ブログの更新も久しぶりになりました。SFをまた読んで、昔通ったSFを思い返したのですが、やはり感想を書く以前、高校時代に読んだハーモニーとか、映画だとインターステラーとか、あんまり覚えてないんですよね。面白かったとは思うのだけど、それすらも曖昧な感じ。それで、ブログを書く意味を再確認したわけです。どれだけ衝撃的な作品でも文章化しておかないといつかは忘れてしまう。だから私は書きづつける。そうすることで作品が自分の魂の一部になる。そう思うんです。
では、あでぃおすぐらっしゃー。
【アニメ】【映画】サマポケ劇場総集編鴎編感想
チャオっす!ミィです。個人的に残しておこうと思った感想が意外と膨れ上がったのでブログに載せておきます。
補足として、『Summer Pokcets』自体は完全初見で、Key作品は『Angel Beats!』『劇場版 AIR』『CLANNAD』14話までを見ています。事実そこまで詳しいとは言えないので的外れなことも言っているかもしれません。
ネタバレします!(他Key作品含む)
一番最初の田舎のノスタルジーに対するコテコテの文言を聞いて、これだけで映画館に来た意味があると感じた。keyはkeyだ。
序盤もずっと彼ら自身が作り上げてきた王道展開をしていて、濃度100%でよい。四週使って一人ずつに焦点を当てる構成はノベルゲームの性質とマッチしてて、総集編だから行間を感じるし自己紹介すら飛ばされてるキャラが多くいるが特に違和感はなかった。
プールの底に沈む描写を水泳でやらかしたという直接的表現と冷たい水の底で何もできず緩やかに沈んでいく暗い感情を表した比喩的表現どちらにも使っていて上手い。
最初ヒロインの鴎ちゃんはすぐ疲れてキャリーケースに乗って主人公に押してもらうのだけれど、この手の作品の疲れた発言は本当に怖くて、何となく結末を察することとなる。
中盤は冒険と挑戦が分かりやすく押し出される。相変わらずkey作品で、スタンドバイミー的なこともやってた。というか全体的にAIRのオマージュ感が強い気がする。
この辺まで明らかにヒロインと主人公が昔会ってるけど忘れてるやつだと思ってニヤニヤしながら見てた。主人公が当時の会話まで思い出していているにも関わらず確信を持てていなくて流石に記憶が欠如しすぎだろうと思っていた。
冒険の目的地に着く直前の「お前は夏休みを過大評価しているのかもな」というセリフ、ヒロインはもちろん、Key作品に脳を焼かれた我々視聴者をも刺しにきているのだけれど、主人公自身は現状の特別さを自覚し切れていなくて、王道を通しつつシリーズを客観視したメタ的回答も同時に行っていて本当にすごかった。セリフ一つに情報が詰まりすぎている。
終盤ヒロインが唐突に蝶になって消えるkeyすぎる展開。確かに唐突だし驚いたのだけれど、AIR+CLANNADの一ノ瀬編的な展開だと思っていたら風子編だったという番外戦術による裏切りへの衝撃の方が大きかった。完全に、はいはいいつものね(それはそれとしてそれまで予想してた展開でも泣いてた)と思っていたのに、新規も既存ファンも全員楽しませる気しかないみたいだ。一貫して王道なのに回答もしてて絶妙なバランス。
ここからはもう全部よかった。今までの違和感が全て回収されて、綺麗なキスをして、鴎がやりたかったことをやり遂げるというもうね、もうこれがいい。
一番最後に鴎が現れる直前、映画館の中に蝶が飛んでいてスクリーンの光が透けて輝いているように見えた。最初そういう演出だと思ったから共感を得るために調べたのに何一つ情報がなくて、後にたまたま山場でたまたま蝶が飛んでたことを知る。
蝶を見たときの俺は、放心状態であった。そして、気づけばシアターの灯りがともっていた。
まとめ
レイトショーで見たので数人の同士しかいなくて無言の結束があった、気がする。因みに、泣いてるのはもう語るまでもない前提の話なので特に言ってませんが、終盤はほぼ常に泣いてました。
ここまで読んでいたいただきありがとうございます。
【アニメ】恋する小惑星感想とかいう域を超えた感想!
こんにちは。ミィです。恋する小惑星の感想です。ネタバレします。視聴直後なのでまとまってないかもしれませんが、この感情を残すことを優先します。
ネタバレ
凄いものを見た
いや、もう、本当に、凄すぎて語彙力を失っています。恋する小惑星(以後恋アス)は2020年放送のアニメなんですけど、率直にこんな純粋で真っ直ぐな物語を2020年代で作ってよかったんだ、という今まで散々偉そうに日常系アニメを語ってきた自分の固定概念をぶち壊したとんでもない作品です。
正直言って自分、今まで日常系アニメは『けいおん!』で完成したと思っていました。言葉を選ばずに言うとそれ以降は『けいおん!』に多大な影響を受けたマイナーチェンジ版、もしくは全く別口から攻めたような作品しかないのだと(作品名は出しません。あえて下げてるので)勿論それらも全て大好きです。しかし、それが軽い気持ちで視聴して、正統進化を見せられてしまったのなら、私の頭が混乱してこんなことを口走ってしまうのは理解ができるはずです。
具体的には
定義から
まず初めに、恋アスは果たして日常系アニメと言えるのでしょうか。私の定義は
・美少女キャラがいる*1
・その作品の世界観における日常を描く*3
・日常が崩れるような劇的な展開がない。または描かれていない*4
です。過去記事引用。まず2つ目までは考える余地もなく当てはまっていると思います。そして、3つ目も物語自体はかなり動くものの、彼女達にとってはあれが日常であり成長であり思い出であり夢なのでこれもまあ当てはまるとしましょう。最後に4つ目、これは議論の余地が結構あるのではないでしょうか。
小惑星という縦軸が太すぎるだとか、壁に当たる場面が多いだとか。色々言及できる部分はあるかもしれません。しかし、自分は意図的にドラマチックにならないよう恋アスなりの日常を描いているなと思いました。例えば、都合よく先輩が推薦合格しなかったり、主人公達も同じような状況に陥ったり、小惑星が中々見つからなかったり……。都合のいいことだけが起こるわけじゃなくて、あくまでも彼女達の挑戦と努力で話を進めているところが、良いリアリティを感じるなと。つまり、日常系です。見方によっては青春部活モノかもしれませんし、あるいはスポ根(?)かもしれません。だから、日常系と言えるのはある視点から観察した場合のみで絶対ではないです。ただ、これを日常系ではないと言う事は私にはできません。この作品は様々なジャンルが絡み合って、独自の作風になっているので、恋アス系とでも言えるかもしれません。正直類似ジャンルをあんまり通ってきていないので、この発言は撤回する可能性があります。
本題!
これでやっと本題に入れます。この作品は言っている通り日常系でもあり、青春部活モノでもあると思うんです。そして、2つのジャンルのいいとこどりをしています。日常系には、日常の儚さを描く力、思い出を作り出す力があります。青春モノにはキャラクターの成長を描く力、友情の大切さを説く力があります。そしてこの作品は青春側の比重がかなり高いと考えます。そこが『けいおん!』との類似点であり、明確な違いでもあります。そして、それでも日常系であると言える理由、それは平和だからです。
テーマ性
青春モノの知見は日常系と比べてかなり浅いと言わざる負えませんが、自分が見てきた中だと大抵コミュニケーションが主題に置かれています。友情を語る上では避けては通れない道なのかもしれません。恋アスにも勿論そういった要素があります。しかし、前提がかなり違うのです。この作品のキャラクター達は最初から対話できるし、謝れるし、間違ったら叱ってくれる人がいます。そして、感情任せに意味がないことを理解しています。地学がテーマなので、理論的になるのは必然かもしれません。が、それでも理論を学ぶことは勿論、自分の感情、思い、好きなことを考え実行することの大切さを描いています。ななちゃんは気象分野に詳しいはずなのに、てるてる坊主を作って沖縄の天気が良くなることを祈ります。モンロー先輩は一歩引いたところで見守っていると言いながらも、心の底では自分が楽しんでいたことに気づきました。そして、あおちゃんは選考に落ちたにも関わらず熱意だけで沖縄に行くことを選びます。
つまり、この物語は地学を軸に置きながらも〝正しさ〟や〝絶対〟などを描いているわけではないのです。目標に近づくために努力する。不確定なモノを掴むために挑戦する。そういう、本当に根源的で、綺麗で、真っ直ぐなテーマなのだと思います。それこそが、これを2020年代に作ってよかったんだという私の発言の意味です。王道なテーマはとっくに様々な名作が描いています。だからこそ少しずらしたテーマ、使われていないテーマが選ばれるわけです。それでもこの作品は直球勝負。会話の内容、話の流れ、キャラクターの設定、全てが王道と言っても過言ではないと思います。それでも、過去の名作達に全く力負けしていない。王道という外れない強さと、作品のオリジナリティを持ち合わせている。正しく日常系アニメの正統進化。(書いてるとき等身大っていう語彙が中々出てこなくて文章こねくり回してます)
よくできてる
これは『けいおん!』への回答か、挑戦か、あるいは再定義なのかと、そう勝手に思ってしまいます。これが十中八九私の考えすぎだということは理解しています。それでもこのような比較ができてしまうほど素晴らしい作品であることは確かです。
露骨に泣かせに来ている感じがしないのに、細かい描写や所作、行間で泣いてしまうんです。会話は何気ないのに、彼女達の発言以外にも意味が与えられていて、感服しました。自分でもなんで泣いているんだろうって思うくらい本当に何気ないシーンなのに、ずっと涙が止まらないんです。重たい感情が表に出るわけじゃないんです。本当に、本当に純粋な子達と、己のそれがエゴだと分かって明るさを演じる子達。ただ魂をぶつけ合うことだけが友情じゃないと、コミュニケーションじゃないと、ちゃんと理解している。高校生ながらちゃんと分かっている。本当に賢い子達です。そして、勇気のある子達です。みんながみんな色々な一点を見つめている。その上で仲間の大切さを学び、失敗を教訓にしている。
まるで宇宙みたいだね。あおちゃん!←分かる
あとは乱雑に好きなところ羅列する
主人公世代を最高学年にしなかったのは部活というものを描く気が垣間見える。王道なのにテンプレ臭がしないの本当にすごい。みんな挑戦しててすごい。まじで。自分たちの力で問題解決してるのすごい。本当にすごい。故にひとかけらの奇跡に説得力が増す。ノリが日常系と青春モノの中間で本当に良く落とし込んだなって思う。誇張された動きやセリフなどが少ないし、重い感情がほとんど前に出ないのに、キャラに魅力があるのマジですごいこんなに真っ直ぐなのに、いや、真っ直ぐだからこそ突き刺さった。
あえて悪いところも語ろう!
2期がない。以上!
まだ自分にこんな体験をさせてくれる映像作品があるんだ
文句なしの名作です。自分はこの作品がきっかけで何かを学ぶかもしれませんし、何かに挑戦するかもしれません。この感情を生かせるかは自分次第ですが。『ヤマノススメ』を見たときを思い出します。あのときもこんな感じでした。あの作品のおかげで色々な景色を見れて、日常系にハマって、こんなに文章を書けるようになりました。だから、恋する小惑星という作品が自分の根源的作品の一員になることを信じて、また頑張ろうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
日常系アニメの未来について個人的考察
にゃんぱす。ミィです。今年の春アニメは日常系好きとしては久しぶりに嬉しいシーズンとなりました。2025年に3つも同時にやっていたのは奇跡に近いです。まあそれは別の記事で語るとして、今回は日常系アニメがこの先どうなっていくのか考えていきたいと思います。
これまでの日常系アニメ
ここでは主に作風の変化に関して言及します。自分がこのコンテンツに触れ始めたのが約2年前、そもそも初めてオタクコンテンツに触れたのすら2018年辺りなので、それより前のオタクの動向や流行りを正確に語ることはできないです。その辺は他の記事に任せます。
まず「あずまんが大王」について。登場人物達が同じ部活に所属しているわけでも、何かを取り巻くドタバタ劇をしているわけでもありません。アニメから日常パートのみを抜き出したかのような、引き算の極致。誰が見てもこれが日常系アニメの礎と分かるでしょう。故に今見るとオリジナリティを感じづらい。パイオニアの特権です。悪く言えば薄味でしょうか。
その次の世代、「苺ましまろ」は雰囲気を重視した作りに、「ひだまりスケッチ」は美術科がテーマに、「らき☆すた」は萌えを押し出しています。つまり、「あずまんが大王」を元に+αされているんです。
さらにこの世代の集大成ともいえる作品が「けいおん!」です。前者達と見比べるとよく分かりますが、ゆったりとした雰囲気がなくなり、ポップな作りになっています。長々と話していますが、何が言いたいかというと、だんだん味が濃くなっています。
次の世代になると、「きんいろモザイク」「ご注文はうさぎですか?」「ヤマノススメ」など今度は「けいおん!」の+αのような作品が多くなります。ここまでくると視聴者にとっては非日常とも言える世界観の作品もありますね。更には「ゆるゆり」「のんのんびより」など、色々な作品が後の作品達に影響を与え続けどんどん多様化していきます。
そして現在「ぼっち・ざ・ろっく!」「ゆるキャン△」など、非日常をテーマにした日常系アニメが主流になりました。物によっては普通に太い縦軸があったりします。
つまり、最初は引き算の極致だった日常系は長い時間をかけて足し算されていき、他ジャンルと変わらないくらい話が動くようになってきているのです。このまま足し算され続けたアニメは、果たして日常系アニメと言えるのでしょうか。
お前、消えるのか?
ここからが本題です。あくまで考察ですが、私はこのまま行けば日常系アニメは消滅、もしくは全く別のジャンルに変わるのではないかと思います。日常系の独自性を保つ最低限の定義を守る限界、臨界点は近いはず。
縦軸を太くすればするほど青春系や群像劇などに近づいていく。会話を強めればギャグアニメに近づいていく。そうなれば日常系である必要性がなくなります。昨今では日常系アニメの新作というのは全盛期と比べれば少なくなっているのは事実。
となれば独自性を保ったまま時代に合わせた進化をする必要がある。「けいおん!」のようなブレイクスルーを起こす作品の登場が待たれます。
我々は観測し続けるしかない
視聴者という立場であり続ける以上、できることは新作の感想を言い、過去作の思い出を語り、お金を落とすことのみです。だからそれを全うして、見届けるしかありません。私達が語らなくなったとき、本当の意味で日常系アニメというジャンルは死ぬのだと思います。だからこの先どうなろうとも、自分の今際の際を日常系アニメが見届けてくれることを祈って、私は語り続けます。
終わり
なんか思ったより堅苦しいな。とにかく自分の言いたいことは、お前のこと好きだから消えるな!です。偉そうに語る権利はまだまだないと思うので、なんか適当言ってんなくらいでお願いします。
ここまで読んでいただきありがとうございました
日常系?いや、ファンタジーだ!
まず初めに、本文は論文やレポートなどの類ではないので参考文献を引用しないし、私の主観を軸に述べます。それを踏まえた上で日常系アニメについて語っていきます。
日常系アニメとは
まずはこれを定義すべきですね。色々な情報を辿ると、『あずまんが大王』以降の作品だとか、学園舞台だとか、話が動かないだとか、解釈が沢山あります。ですが、ここではあえて引用せず私個人が思う絶対的な定義を述べます。
・美少女キャラがいる*1
・その作品の世界観における日常を描く*3
・日常が崩れるような劇的な展開がない。または描かれていない*4
下3つそれぞれ似通った要素ですし、かなり広い解釈になっていますが、そうでないと反例が多く出てしまいます。
例えば〝学園舞台〟を定義に含めてしまうと、『ARIA』『小林さんちのメイドラゴン』などが日常系ではないことになります。『ぼっち・ざ・ろっく!』『たまゆら』なども彼女らは高校生ではありますが、グレーゾーンになると思います。
よく〝成長しない・変化がない〟のが日常系と言われることがありますが、これは反例がありすぎるというか、ほとんどの作品は当てはまらないです。正直浅い意見だと思ってしまいます。(個人の意見です)
日常系アニメを好きになったきっかけ
これは明確にありまして、高校時代メンタルが不安定なときに見た『ヤマノススメ』がきっかけです。夜中に一期を見て、そのままの勢いで朝高尾山に行きました。その次の日は飯能に、さらに一週間後には……ととんでもないペースで登山していました。(因みに飯能の天覧山で膝やったのでみなさんは計画的なペースで)
案の定四期まで余裕で完走してしまい、他の類似アニメを見ることになるのですが、そこまで行けばもう抜け出せません。では、なぜ当時の自分にそこまで刺さったのでしょうか。
・ストレスがない
一番はこれでしょう。当時はとにかく癒しを求めていて、それにマッチしました。
・現実逃避しやすい
日常系は言わば現実に近いファンタジーです。そこに逃げたわけです。
今はもう少し考えて視聴していますが、とにかくこの二点は大きかったと思います。『ヤマノススメ』の『毎日コハルビヨリ』は葬式で流すことが私の中で決定しているので、親族に伝えそびれた場合はよろしくお願いします。
未だに見続けている理由
今はもう少し考えていると言いました。それを説明しましょう。
・思い出を求めている
視聴中全然面白くなくても、半年後とかに自分の中の評価が上がったりします。日常系というのは彼女達の生活を切り取った作品なので、思い出になります。そして、思い出というのは美化されるものです。私はこれをスルメ現象と呼んでいます。
その中でも視聴時点で思い出を感じる作品は評価が高いです。『けいおん!』と『のんのんびより』はそれもあって推すことが多いです。
・ファンタジーを求めている
よく何も起こらない日常系は何が面白いか分からないと言う人がいます。ですが、実際現実であんな平和な状況にはほとんどなりません。受動的に毎日友達と会える環境は学校のみです。となると我々にとってはファンタジー。異世界系バトル系と変わりません。昔は見えていなかった些細な部分を楽しんでいるのです。
そして、時間経過のない〝サザエさん時空〟は更にファンタジーだと考えます。だから『みなみけ』『ゆるゆり』は何週もしています。通常、日常系最大の弱点は終わりがあることです。それを排除しているのは1つの到達点だと思います。
・単純にライフスタイルの一部
自分は日常系に詳しくなければならないと勝手に思っています。だから気が向いたときに色々履修中。
若者に日常系は刺さらない
ここまで読めば大体分かると思いますが、若年層ととんでもなくかみ合わせが悪いです。学生は思い出なんか求めません。なぜなら思い出の中にまだいるから。ファンタジーを感じることもありません。高校時代の私のような人は少数派だと思います。
そして、今はショート動画全盛の時代。大きな展開がないと見向きもされないはず。私の弟はバトルアニメの心情描写を飛ばしたりしています。そういう層にとって日常系アニメは全編通して飛ばすところなんじゃないかと思ってしまいます。
それでも好きな人がいるのは分かっていますが、少数派であることは確かです。
まとめ
大分軸のない感想文になってしまいましたが、自分の頭にある考えを文章化できたので満足です。ここまで読んでくれた物好きのために私のおすすめを教えておきます。『けいおん!』です。現在あれが王道になっているので、見てください。日常系は『けいおん!』で完成しました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。